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東京家庭裁判所 昭和46年(少ロ)13号 決定

少年 M・R子(昭二六・七・八生)

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立の要旨は、「東京家庭裁判所裁判官が、昭和四六年七月一五日にした少年に対する勾留(昭和四六年七月九日に東京家庭裁判所裁判官のなした観護措置決定にして、少年法四五条四号により勾留とみなされるもの)を取消す。」との趣旨の裁判を求め、その理由として、本件勾留は刑事訴訟法二〇七条一項、六一条に定める手続を欠く違法なもので、右は憲法三一条の趣旨を没却する重大な瑕疵あるもの、更に本件勾留については、刑事訴訟法六〇条一項二、三号の各要件がいずれも存在しない、というのである。

二  一件記録によれば、本件保護事件は、東京家庭裁判所において審判の結果、右本人につき二〇歳以上であることが判明したため、昭和四六年七月一五日少年法二三条三項、一九条二項に基づいて検察官に送致されたこと、本人については、昭和四六年七月九日、同裁判所により少年法一七条一項二号による観護措置決定がなされており、その身柄が拘束中であつたところ右事件送致に際し、同裁判所裁判官赤塔政夫は、本人につき刑事訴訟法六〇条一項二号、三号に該当する事由があるとして、右観護措置を取消すことなく、少年審判規則二四条の二、一項によつて同条項所定の事項を告知したこと、これにより右観護措置は少年法四五条四号に基づいて以後勾留とみなされるに至つたことが認められる。

三  弁護人は、その際本人につき、刑事訴訟法六一条の陳述聴取がなされなかつたのは違法違憲である旨主張する。

しかしながら、弁護人主張のごとき事実があつたとしても、少年審判規則二四条の二、一項は本件のごときいわゆるみなし勾留に際し、刑事訴訟法六一条の陳述聴取につき何ら規定せず形式上それは要件とされていないものであり、更には少年法一四条二項のごとき刑事訴訟法準用の明文の規定も存しないのであるから、本件につき刑事訴訟法六一条の準用ありとし、右欠缺をもつて直ちに違法乃至は憲法三一条にも抵触するものとする弁護人の右主張は独自の見解と言うべきであり直ちに採用できない。もつとも刑事訴訟法六一条の陳述聴取の手続が、被疑事件を告げ、被疑者に対しこれに関する意見弁解を陳述する機会を与え、且つ裁判官に勾留の理由及び必要の存否を判断する一つの資料とすることを目的とするものと解する以上、本件のごときいわゆるみなし勾留の場合にも、右陳述聴取の手続がとられることは極めて望ましいことと言わざるを得ない。しかるに一件記録に徴しても、検察官送致決定の際、前記裁判官が被疑事実につき、本人に対し陳述の機会を与えたふしは窺われない。しかし、右記録及び当審の事実調べの結果によれば、本人は本件非行事実(被疑事実)につき現行犯逮捕された以後、捜査機関の取調べに対し、完全に黙秘していたこと、東京家庭裁判所に身柄付で事件送致されたが、観護措置の段階更に調査官の調査の段階においても、右事実につき黙秘を続けていたことが認められる。このような事情の下では、前記裁判官が本人から被疑事実に対する弁解を聴かなかつたのは、やや早計の嫌いがあり妥当を欠くものと言わざるを得ないが、その事をもつて直ちに、本件のいわゆるみなし勾留の効力に影響を及ぼす程の違法なものとは言えず、弁護人の前記主張はいずれにせよ理由がない。

四  次に本件につき少年法一九条二項に基づく検察官送致決定がなされた時点において、本人に刑事訴訟法六〇条一項各号の事由が存在したか否かについて判断する。

一件記録によれば本人M・R子が頭書の罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があつたことが認められる。

さらに右記録によれば、本件は、沖繩返還協定の調印に反対するデモ集団の一部である数百名の者が、集団示威行進の許可条件とされている経路以外の繁華街道路を行進しようとして、待機していた機動隊の規制に会い、多数の火炎瓶、石塊、旗竿等を使用して機動隊に対し、積極的な闘争行為に出た事案であるが、その際の右集団の具体的な行動形態や使用した兇器の種類、数量等に照すと相当程度の組織性、計画性が窺える。

このような場合、集団的犯行に加担した各人の刑事責任は、その集団における地位、役割、関与の程度、実行行為の具体的態様等により当然異るから、本人についても右の諸要素につき捜査が行なわれているが、記録によれば、前記時点においては、必ずしも充分な証拠が確保されているとはいえない状況にあつたことが認められる。そして右の諸点解明のためには第三者の証言と並んで共犯者の証言も重要視されることは明らかであるが、共犯者の証言如何によつては事実の認定が左右される可能性が強いというべく、従つて右の状況下において本人が釈放された場合、他の関係証拠についてはさておき、少なくとも共犯者に対する関係では被疑者がこれに働きかけるなどして、罪証を隠滅する虞があつたことはこれを認めざるを得ない。このことは既に共犯者の大部分について仮に弁護人主張のように起訴、不起訴の措置が終つていたとしても同様である。

また、記録によれば、本人は昭和四五年四月に単身上京し、沖繩に居住する両親から仕送りを受けて短期大学に在籍する独身の女子大学生で、本年四月大学の寮を出て現在は都内のアパートに居住しており比較的転居を自由に行なえる境遇にあることが認められるところから、その反面上京後の生活関係の実態や本人自身の性格等が明らかでないので、このような事情のもとで、前記裁判官が本人に逃亡の虞があると認定したことはあながち理由のないことではないと思われる。

それ故右送致の際、本人につき勾留事由ありと判断し、観護措置を取消さなかつた前記裁判官の措置は正当である。

五  したがつて、本件準抗告の申立はいずれも理由がないので、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却すべきである。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 市村光一 裁判官 根本久 田中宏)

参考一 弁護人の準抗告申立趣旨(昭四六・七・一付)

申立の趣旨

一 右被疑者に対する前記保護事件が検察官に送致されるにあたり、東京家庭裁判所裁判官赤塔政夫がすでになされている少年法一七条一項二号の観護措置決定を取消さなかつた措置を取消す。

二 右被疑者に対する前項記載の観護措置決定を取消すとの裁判を求める。

申立の理由

一 被疑者は昭和二六年七月八日に生まれたものであるところ、同四六年六月一七日兇器準備集合公務執行妨害被疑事件につき現行犯逮捕され、同月二〇日東京地方裁判所裁判官の発布した勾留状に基き板橋警察署に勾留されていた。

その後二〇日間の勾留を経て同年七月九日身柄とともに事件が東京家庭裁判所に送致され、同日同裁判所により少年法一七条一項二号の観護措置決定を受け東京少年鑑別所に収容された。

被疑者は事件が東京家庭裁判所に送致された際、すでに成人に達していたので前記観護措置決定を受ける機会に同裁判所に対して氏名、本籍、住所、生年月日を告げた。同月一四日に至つて被疑者の告げた前記認定事項につき、東京家庭裁判所は真実である旨確認を得たので翌一五日同裁判所は審判を開いて少年法二三条二項、一九条二項により事件を東京地方検察庁の検察官に送致した。

右事件送致をするに際して同裁判所裁判官は少年法四五条の二、四五条四号により前記観護措置決定を取消されずに身柄拘束のままいわゆる送逆決定をなした。

二 前項記載の前記裁判所裁判官がすでになされている観護措置決定を取消さなかつた措置は、実質においていわゆる起訴前の裁判官の勾留処分と同視さるべきものである。(参照東京家庭裁判所昭和四六年少ロ第一〇号決定)即ち、少年法四五条四号によつて事件の検察官送致を決定することにより手続的に裁判官が起訴前の勾留をなしたものとみなされるにとどまり、右送致に先だつて刑事訴訟法に規定された勾留決定に関する手続が当然履践されるべきで、しかるのちに勾留要件の具備を刑事訴訟法六〇条に則つて判断し、右要件を具備していると判断した場合には、観護措置決定を取消すことなく少年審判規則二四条の二第一項によつて、あらかじめ本人に対し罪となるべき事実と刑事訴訟法六〇条一項各号の事由がある旨を告げなければならないのである。

従つて裁判官が観護措置決定を取消すか否かを判断する前に、刑事訴訟法二〇七条一項、六一条により被疑者に送致事実を告げて、これに関する被疑者の陳述を聴いた上でなければ実質的に勾留であるところの観護措置決定を取消さないで事件を検察官に送致することはできない。

三 しかるに右事件送致に際し、前記裁判官は罪となるべき事実(送致事実)及び勾留の理由として刑事訴訟法六〇条一項二号、三号を告げたのみで、被疑者に対して送致事実に関する陳述を一切聴かないままいわゆる逆送決定をした。

右逆送決定は刑事訴訟法六一条の定める手続に違反する違法なものであり、更には憲法三一条の趣旨を没却するものである。

しかも事実関係について被疑者が如何なる陳述をするかは勾留の理由、必要性を判断する上で最も重要な意味をもつものであつて、陳述を聞かないで勾留の理由必要性を判断することは不可能である。

ちなみに被疑者に対しては既に二〇日間の勾留がなされているが、本件少年法四五条の二の「みなし勾留」は既に執行された勾留とは決定する主体も異り同一性もないものであるから東京地方裁判所裁判官に対して被疑者に陳述の機会が与えられたこととは全く関係がない。

四 以上の手続上の違法に加えて以下の事情により被疑者について刑事訴訟法六〇条一項二号三号所定の事由に該当しない。

1 被疑者を逮捕した司法警察員河内健次の供述調書からも明らかなように、同人は被疑者の行為について何らの現認もしておらず、ただ、被疑者がデそに参加ししやがみこんでいたことのみによつて現行犯逮捕したものであり、また被疑者は同人の供述調書によれば、弥次馬集団と赤ヘルメット集団の中にいたと述べられているが、被疑者の現行犯逮捕手続にかかわつた者が警察官であることから被疑者が同人に働きかけて罪証隠滅を行なうことはおよそ考えられないし、被疑者の仮に共謀共同正犯として問われるとしても被疑者の加わつていた集団内の殆んど現行犯逮捕されて、それについての取調等採証も終了し、起訴、不起訴の措置がすでになされているので、関係人との通諜ももはや今の時点では考えられない。

また事実関係についても、被疑者は裁判官に対し話す用意があつたにも拘らず、裁判官自らによつてその機会が奪われたのであつて、それをもつて罪証隠滅のおそれの徴表とみることはできない。

従つて被疑者について全く罪証隠滅のおそれはない。

2 被疑者の身元関係については既に同裁判所において確認されており、同人の両親は沖縄に住んでいるものの東京には伯父が住んでいて両親からの連絡で右伯父が審判期日に出頭し、同人の身柄引受人となつて同人の検察官等への出頭について責任をもつて確保する旨述べている。

また被疑者は昨年上京し、私立淑徳短期大学に籍を置き、定住居をもつものであつて、ことさらに検察官等からの出頭要求を拒否して逃亡を企てることを疑うに足りる理由は全くない。

3 被疑者は既に二〇日間勾留されており、また同日の事件について勾留者が八〇〇余名であるのにその約一割しか起訴されていない点をみると、被疑者の一件記録に照らしてみると勾留して身柄拘束のまま、更に捜査を継続させる必要性はない。

五 よつて本件被疑者について手続の違法及び勾留状の理由、必要性がないことが明らかであるので本申請に及んだ。

以上

参考二 特別抗告審決定(最高裁第一小法廷 昭四六(し)六二号 昭四六・九・三〇決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、要するに、東京家庭裁判所裁判官が申立人を検察官送致するに際し、申立人にその犯罪事実について陳述の機会を与えなかつたのが憲法に違反するというものであるが、職権によつて調査すると、申立人は昭和四六年七月二四日釈放されたのであるから、もはや、本件手続において所論の点を争う利益を失つたものというべきであり、本件抗告は排斥を免れない。

よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 岩田誠 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)

参考三 弁護人の特別抗告申立趣意(昭四六・七・二二付)

第一特別抗告の趣旨

一、東京家庭裁判所が被疑者に対し昭和四六年七月二〇日になした準抗告棄却決定を取消す。

二、東京家庭裁判所裁判官赤塔政夫が同月一五日にした被疑者に対する勾留(昭和四六年七月九日に東京家庭裁判所裁判官のなした観護措置決定にして少年法四五条四号により勾留とみなされるもの)を取消す。

第二特別抗告の理由

原決定は日本国憲法三一条、一一条、第三条、一四条に違反するものである。

一、原決定は前掲裁判官が被疑者を検察官に送致する旨決定するに際して、被疑事実につき本人に対し陳述の機会を与えなかつたと認定していながら、少年審判規則二四条の二、一項が刑事訴訟法六一条の陳述聴取につき何ら規定せず、形式上要件とされていないこと、少年法一四条二項の如き刑事訴訟法準用の明文がないとして、前掲裁判官が陳述の機会を与えなかつたことを憲法三一条に抵触しないとの判断をなした。

二、1 現行少年法は現行憲法の制定に伴い旧少年法を全面的に改正しその重要な改正眼目は、憲法の理念に照して少年審判における人権保障を押し進めたことにあるといわれている。(猪瀬慎一郎「少年審判における法の適正な手続」家庭裁判所の諸問題下巻八一頁)現行少年法に大きな影響を与えたアメリカでは最近少年裁判における「法の適正な手続」が取り上げられ、我国の実務界でも「法の適正手続の保障」が大きな論議の的となつている。

憲法三一条に保障された「法の定める手続」とはその立法趣旨、没革、及び憲法一一条、一三条等との関係から「法の適正手続」を意味するのが通説判例であり、しかもその適用範囲は刑事訴訟法に限られず、民事訴訟・課税訴訟、公用徴収手続、少年裁判手続にも及ぶ。即ち現行少年法の母法たるアメリカの少年裁判においては、我国の現行法以上に少年の福祉のための監護としての要素が強いにも拘らず「『国の親』という言葉によつて適正手続の基本的要件の保障を免れ、無制約の自由裁量とそれにより陥りやすい恣意的裁判を正当化することはできない。」(一九六七年ゴールド事件)とされているのである。しかるに我国の少年法は審判対象として犯罪少年を中心としている(運用面でも昭和四一年において約九六・一%が犯罪少年であるといわれている)こと、科刑目的の検察官送致処分の選択の余地がある(運用面においても昭和四四年で約一割が検察官送致されている-津田玄児・自由と正義二二巻六号九八頁)こと等から、刑事手続的性格が強いといわれている。(猪瀬前掲論文九一頁)しかるに我国の少年法においては人権保障的規定が極めて不備である。とりわけ自由の拘束について著るしい。そこで少年審判においても憲法三一条が適用され刑事訴訟法等の人権保障規定が単に運用面だけでなく法に基く制度的保障となることが憲法の要請であるといわなければならない。

2 とりわけ少年法一九条二項、二〇条、二三条三項、検察官送致の場合は刑事手続としての性格が強く、既になされた観護措置決定を取消さない措置は、実質的に刑事訴訟法上の起訴前の勾留決定であり、右措置に際しては刑事訴訟法六〇条一項各号所定の要件を具備しているか否かを判断しなければならず(ポケット注釈全書新版少年法三六一頁)、右措置に対しては刑事訴訟法四二九条一項二号による準抗告が認められるのである。

即ち少年法四五条四号は右措置について改めて、勾留状を発しなくとも勾留が成立することを規定するにすぎず(前掲書同頁)、その他実質的要件手続等は刑事訴訟法の規定する勾留の要件、手続等によるべきであることを意味する。運用として右刑事訴訟法上の手続がとられることが望ましいというに止まらず右措置の本質的性格から刑事訴訟法上の要件手続が適用されるのである。

少年審判規則二四条の二、一項には右措置のなされる前に「あらかじめ、本人に対し罪となるべき事実並びに刑事訴訟法六〇条一項各号の事由がある旨」を告げなければならないと規定されているが、同規定は勾留の形式的成立が既になされた観護措置決定が取消されないことによつて成立し、改めて勾留状が発せられないという点から本来であれば、勾留状に記載さるべき刑事訴訟法六四条一項、刑事訴訟規則七〇条、刑事訴訟法六〇条一項各号の各

事項のうち罪となるべき事由と刑事訴訟法六〇条一項各号について告知することが要求されているのである。従つて少年審判規則二四条の二、一項は勾留状の発付に代るものにすぎない。

よつて前記措置をなすにあたつての憲法三一条の保障する適正手続とは、少年審判規則二四条の二、一項で告知することに加えて、刑事訴訟法上の勾留の要件手続が含まれるのであり、刑事訴訟法六一条もまた当然に要件なのである。ちなみに陳述の機会を与えることは勾留の要件、必要性を判断するに当つて不可欠のものであり、罪となるべき事実、刑事訴訟法六〇条一項各号の事項を告知することと不可分である。

判例において陳述の機会を与えずになした第三者没収は適正手続に反するとの判断が示されている以上、所有権以上に保障されるべき人身の自由において陳述の機会を与えることは憲法によつてより強度に保障されるべきものである。

以上の理由で原審の判断は憲法三一条に違反しひいては同法二一条、一三条に保障されている基本的人権の享有、個人の最大の尊重という大原則に反するものである。

三 被疑者は審判期日当時成人に達しており、元来成人である者が勾留される場合には、刑事訴訟法二八〇条一項、六一条により、被疑事実に対する意見弁解を陳述する機会が与えられる。これに比して所謂年齢超過として検察官送致を受けるに際し「みなし勾留」される場合には、従前の如くその実質において刑事訴訟法に規定する勾留であるにも拘らず、その機会を与えなくともよいとすることは、同じ勾留する裁判官が地方裁判所の裁判官であるか家庭裁判所の裁判官であるかによつて全く不合理な差別をすることであり、憲法一四条の保障する法の下の平等に反する。

四 以上の理由により、原審の決定は憲法に違反するもの、或は憲法の解釈を誤つたものであるから、刑事訴訟法四三三条により特別抗告を申し立てる。

以上

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